山東大学訪問記

2012年1月25日

山東大学訪問記

 

江渕 武彦

 

島根大学は、山東大学と交流協定を結んでいますが、実際には、法文学部法経学科が中心となって、山東大学法学院と交流しています。法学院には、日本法コースが設けられており、同コースに所属する学生は、全員日本語を学んでいます。毎年、数名の留学生がこのコースから島根大学へやってきます。今年は、その留学生の中に、優秀な大学院生・郭永銀君がいます。

2011915日、法経学科3回生3名(山根愛さん、木下智貴くん、藤茅裕くん)と、私(江渕)が、郭君のサポートのもとに、日本法コースの学生の皆さんたちとの交流を目的に、山東大学を訪問しました。

山東大学は、中国・山東省の済南市所在の伝統ある国立大学です。関空から済南空港まで直行便が週に2便往復しています。ただ、私の都合でこの便を利用することができず、往復とも上海経由となりました。往きは上海で乗り換えのための待ち時間が6時間。しめたとばかりに、上海観光を楽しみました。

ネットで調べると、済南市の人口は569万。けれども、郭君の話によれば、1000万くらいではなかろうか、とのこと。ここは、とても水が豊かな土地で、市内随所に泉があります。

このたびの中国訪問は、山東大学の学生の皆さんたちとの交流が目的です。しかし、どうして書いておかなければならないことがあります。それは、中国料理のおいしさです。済南には、芙蓉街という地区がありますが、ここは飲食店や食材店が集まった、いわばグルメストリート。歴史の古い街で、第一級の観光スポットというべきでしょう。ここで、私たちは、とある料理店に入ったのですが、その建物の木造りの階段が大きくすり減っているのです。何人の客がこの階段を使ったことでしょうか。本当に歴史を感じさせる建物でした。ここで様々な料理を注文しましたが、中でも、トウモロコシの粉で作った薄いパン状の皮にネギその他の野菜を乗せ、味噌を付けてクルクル巻いて食べたそのおいしさ! そして、代金の安さ! 

本論の山東大学のことを書きましょう。以前には、この大学には、教員の研究室がありませんでした。先生たちは、概ね、自宅で仕事をすることが多いようでした(中国の大学ではそれがふつうのようです)。そうしたところ、山東大学で、教員の研究室を設けようということになりました。以前に島根大学に留学していた私の指導学生が、私の研究室の写真を撮らせてほしいというので、撮らせてあげたことがありました。その学生は、山東大学から島根大学における教員研究室の実情調査の任務を受けているとのことでした。そして、本年、山東大学において教員研究室が実現したのでした。

私たちが訪問したのは、交流の中心的役割を果たしておられる牟憲魁先生と、島根大学法文学部へ研究員として留学した経験のある李道軍先生の研究室です。お二人とも、夜遅くまで、研究室で仕事をされていました(奥様の嘆きの声が聞こえてきそうです)。

さて、学生のみなさんたちとの交流の前に、私の講演が予定されています。題して、「日本法学における判例研究の重要性」。ムズカシイ話は省略。コメンテーターとして、申政武教授に来ていただきました。この先生は、私より日本語が上手な方です。実はこの先生は、私の恩師がよく知っている方で、私も恩師より同先生の話をよく聞いていました。以前は青島の大学で教鞭を取っておられましたが、ごく最近、山東大学へ転任されていたのです。そのことを、私はまったく知らないまま、訪問したのですが、申先生からいきなり私の恩師の名が出てびっくりしました。初対面なのに、なんだか初めてお会いした気がしませんでした。

その後、学生のみなさんたちとの交流会が開かれましたが、私は申先生との懇親会のため、こちらの方には参加できませんでした。そのため、肝心の学生交流の様子を報告できません。おまけに、カメラをどこかに忘れた学生もいて、あまり写真を披露することができません(白状すると、私など、自宅にカメラを忘れてきて、ぜんぜん写真を撮ることができなかったのです)。せめて、私の講演風景を披露しておきます。学生のみなさんたちとの交流会情景については、参加者のに語ってもらいましょう。

 

法文学部法経学科3年 山根愛

 「私、その日本のアーティスト知ってるよ!」これは、講演会が終わった後、山東大学の女子生徒さんに誘われて一緒に行った中華料理店で、日本のことについて話していたときの言葉です。私は海外旅行に行くのも初めてでしたので、この訪中リポーターによって初めて日本国外に行きました。言葉が通じるか不安でしたが、島根大学に留学されている方も通訳として来てくださり、また交流会で出会った学生のみなさんも日本語をよく勉強しておられて言葉の面では多少苦労したことはありましたが、不便を感じることはありませんでした。

そして日本の文化、特に音楽では上の言葉のように嵐など日本のアーティストをたくさん知っていて、「そんな古い曲も知ってるんだ」ということもあり、びっくりしたのと同時に嬉しくもなりました。そうして一緒に食事をしてお互いの話をして、短い時間でしたが中国だけでなく海外のことをもっと知りたい!という気持ちが強くなり、とても有意義な交流会をすることができました。

 

同 藤茅裕

山東大学での講演会が終わった後、同大学の学生さんと交流がありました。

そのときの山東大学の学生さんに対して感じた率直な印象として「積極的」や「友好的」といった印象を受けました。

「こんにちは、私の名前は・・」と山東大学の学生さんが話し始めたことが交流のきっかけでした。あまりに急なことだったのでとても驚いてしまった記憶があります。また、日本の学生と比べかなり積極的だと感じました。まだ、日本語を勉強されてからまだ数年だったこともあり、ぎこちない日本語でしたが、真剣に話しかけてこられるので理解しようと必死になりました。

講演会後の交流会も進み、山東大学の学生さんに夕食をごちそうしていただきました。水餃子のお店に連れて行ってもらったのですが、日本には無いような一風変わった具材が入っておりとても美味しくいただきました。夕食中は日本や中国の生活・文化の違いについて話をしたり、お互いの学生生活について話しました。その中で特に印象的だったのは、日中で学生の大学に対する姿勢が全く違うということでした。日本の大学生の多くは自分の意志なく言われるままに大学に入るため、大学生活に活路を見出せない学生が多くいます。一方、中国の学生は夢をもって入学しているため、授業を含めいろいろなことに積極的です。日本に帰ってから何度かこのことを考えましたが、やはり日本の学生は中国の学生を見習うべきだと思いました。大学生活は4年間もあり人生の重要な期間です。また、僕もそういったことを見習うべきであり、これを見習うことで残りの大学生活を充実させようと思いました。

中国ではたくさんの思い出ができましたし、多くのものを得られました。

貴重な体験をさせていただき有難うございました。


<左:江渕教授 右:申政武教授> <受講生のみなさん>
右は申政武教授.JPG 受講面々.JPG
<集中講義の様子> <島大留学経験者の2人>
集中講義風景.JPG 二人とも島大留学経験者.JPG