学部長便り2013年1月号

学部長便り2013年1月号

2013年1月15日

「七草がゆ」通信

 

 新年あけましておめでとうございます。毎年「七草がゆ」の時期になると思い出す話があります。それについて語りましょう。

 

 数年前、私のゼミ生にYさんという女子学生がいました。卒業論文で吉本ばなな(現在は「よしもとばなな」と書きます)を研究対象としていました。作品は『白河夜船』。文字通り眠ってばかりいる女の子の話です。難しく言うなら、意識と無意識の中間領域にある睡眠の世界が他者存在とどう関係しているのかを描いた小説です。Yさんは、順調に研究を進め、当初は分からなかった作品の様々な箇所も自分なりに解釈を施していけるようになりました。私も何度か見せてもらったのですが、ノートに複雑な図を幾つも描いていました。ある日、彼女が私に質問したのです。いろいろ考えても、主人公の寺子という名前が、なぜ寺子なのか分からない、という内容です。私は、いくつか仮説は立てられるが、どれも説得力に欠けるものしか浮かばないですねと答えました。つまり私にも分からないという事です。そしてきわめて適当に、「ばななが公式HPを作ってて、ファンの投稿欄もあるから書き込みしてみたら」と教えたのです。

 

 年があらたまった寒い日の事です、Yさんが朝一番に報告してくれました。HPに書き込んでみたところ、吉本ばなな本人から返信がすぐ来たとの事。驚きました。作家がファンのメールに自ら答えを返すなんて、まずあり得ない事だからです。しかしYさんの話を聞いて納得しました。Yさんは以下のような内容のメールを送ったのです。「私は島根県松江市に住む学生だが、毎年1月7日には祖母が七草がゆを作ってくれる。今年も祖母が作ってくれた。祖母の作る七草がゆは~」。つまりYさんは、おばあちゃんの作る「七草がゆ」がいかにおいしいかという事を詳しく紹介し、最後に卒論で「寺子」に悩んでいる事を書き添えたのです。とても素敵なメールです。素朴でありながらセンスがいい。なかなか書ける代物ではありません。私は、ばななから返信が来たことよりも、Yさんのメールに感動しました。

 

 吉本ばななは、あなたのメールを読んでたら私も「七草がゆ」が食べたくなっちゃった、さっそく明日作ってみようかなと返事をくれたそうです。そしてメールの最後で、「寺子」の名前の由来もちゃんと教えてくれていました。しかしYさんは、卒業論文では一言も「寺子」の名前について書きませんでした。結局名前問題は論旨と無関係だったからです。それも素晴らしい判断ですね。

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