学部長便り2013年2月号

公開日 2013年02月11日

abさんご」の不思議  

 

 この1月に第148回芥川賞を受賞した黒田夏子の事がしきりと評判となっています。まず最初に断言しておくなら黒田夏子の「abさんご」という作品は、近年まれにみる名作であります。私は、自分が担当するすべての授業で五分ほど時間を割いて黒田夏子がいかに素晴らしいかを説明しましたし、またすぐに実物を目に出来るように冒頭の1頁だけコピーしたものを研究室の掲示板に貼ったのです。実際何人もの学生が掲示板を見に来ておりました。私が、新作を授業で紹介する事自体めずらしいわけですが、今回の作品はそれに値すると考えたわけです。

 ただ誤解のないように言っておくならば、世間の関心は75歳という最高齢で芥川賞を受賞したという点に集まっているようですが、その点に関して私はまったく興味を持っておりません。またこれもつねづね語っているのですが、芥川賞というものにも価値を感じたことはありません。そもそも、芥川賞は文芸春秋社という一出版社が主催する新人賞に過ぎませんし、年に2回も選定されるという事自体がおかしいのです。ただ今回面白いと思ったのは、これまでの芥川賞なら「abさんご」のような真に優れた作品は評価しなかっただろうはずなのに、どう間違えたかの受賞させてしまった点にあります。

 では「abさんご」とは、どのような小説なのでしょうか。これを説明するのはきわめて困難です。何より筋らしきものがはっきりしませんし、結末までたどりついても何一つ明らかになるものはありません。ただことばがゆっくり紡がれていき、その過程過程で何となくぼんやりとしたイメージが結ばれる、という作品だからです。かといって、いわゆる「巧みな日本語」「豊かな日本語」で書かれているわけではありません。むしろ、意味不明の散文詩のような、眠気をもよおすような言葉が、ほとんど平仮名だけで綴られているのです。

 まったく一般受けしないと思います。読者はことごとく「何じゃこれ」と思うでしょう、あるいは最後まで読める読者すら少ないのではないかと類推されます。しかし最近単行本化され、おおいに売れているようです。昨日学園通りの今井書店にも積まれていましたが、はやくも3刷です。みんな評判を聞いて買ってしまったのです。私は授業で言ったのです。「冒頭の1頁を読んでみるだけで雰囲気は味わえる、それで続きがどうしても読みたい人は本を買いなさい」。だから冒頭の1頁だけコピーして掲示したわけです。

 「abさんご」は、昨年『早稲田文学』というマイナーな文芸雑誌で新人賞を受賞しました。早稲田文学新人賞は、多くの新人賞の中で現在最も良質の小説を選び続けています。だから文学の世界では正当に評価されていません。私は『早稲田文学』で「abさんご」を読みながら、あまりの幸せにドキドキしてしまいました。小説が終わらずに、もっともっと続いてほしいと思いました。素敵ですよ黒田夏子。機会があれば「abさんご」を普通の小説のように「読もう」と思わずに、ただ「眺めて」みてください。

 

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