学部長便り2013年8月号 入試問題を「著者」が解いてみた 

公開日 2013年08月20日

  今春の大学入試において、某大学が私の文章を入試問題として出題したということが分かりました。昔『岩波講座 文学7巻』に執筆した「写生と歩行」という論文で、明治期における「自然」認識の問題を扱った内容です。いくつかの出版社から入試問題集に掲載したいとの依頼があり判明しました。過去にも私の文章が入試に出題されたことがあったのですが、今回も送られてきた入試問題を見て、その時と同じ気持ちになりました。それは一言でいえば、自分の書いたものなのに、もはや自分の文章でないような妙な違和感です。いたるところに傍線をひかれ、空白を作られ、それをいちいち吟味されるわけですから、校長先生からおしかりを受けている生徒のように身がすくむ思いです。作家の大江健三郎は、自分の文章を入試問題に出題することを固く禁じていますが、気持ちはよく分かります。

  せっかく送っていただいたので、著者自らが解答してみることにしました。だめです、いきなり問1の漢字の書き取りができません。それはそうです、漢字はパソコンが書いてくれているわけですから、自分で書けと言われても容易に書けません。しかも難しい漢字を使っています。書き取りを断念して問2以降に進みましたが、これも難問ぞろいです。そもそも何年も前に書いた文章なので、その時何を考えていたかよく覚えていないのです。やたらこむずかしい内容であり、文章もキザな感じで鼻につきます。何となく理解できるのですが、答えとして書いてみても、本当にそうなのか我ながら自信がもてません。

  解いているうちに次第にイライラしてきました。「著者はなぜそのように言うのか」とか「~と著者が考える理由を」とか、いたるところで「著者」を連発するからです。「著者」とは、まぎれもなくこの「私」である。その「私」が答えあぐねているときに、「著者、著者」とむやみやたらに連発するな、そんなの知るもんか、と言いたくなります。しかも最大の問題は、送られてきたのが入試問題のみであり、正解は送られてきていないという点です。答え合わせのしようもないので、結局解答半ばにしてギブアップしました。

  こんな文章を入試本番で読まされたかと思うと、受験生の皆さんには申し訳のない気持ちになります。もっと分かりやすい、だれでもすぐ文意がわかるような文章を書かなければだめです。つねづね学生には、気取ったひとりよがりの文章ではなく、読み手のことを考えた明解な文章を書くように指導しているのですが、それが実践できていません。おおいに反省いたします。受験生のみなさん、猛暑ですが、体調に充分気をつけながら、もうひとふんばりしてください。

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