学部長便り2014年2月号 「鍋」と「スルメ」

公開日 2014年02月10日

 長崎で教師をしている卒業生が、この冬めでたく結婚することになりました。同じ研究室だった友人達が相談して、ひそかにAKBの「恋するフォーチュンクッキー」のダンス動画を作成し、披露宴でサプライズ上映することを企画しました。新婦は島大時代四年間女子寮に入っていたので、全国各地に散らばる寮生にも協力していただき、研究室・学生寮の同窓生総勢三十名ほどが出演する動画が作成されました。もちろん私も参加いたしました。撮影の日のために約二か月間、ひそかにダンスの特訓の日々を重ねた結果、完璧に踊れるようになりましたが、私の出演時間は十秒ほどでした。 

 昨日、無事挙式も終わったということで、出席した卒業ゼミ生二名が当日の式の様子を撮った写真と、例のダンスのDVDを持って、大学に遊びにきてくれました。雪も降り積もって寒いから鍋を食べたいとのことで、飲み屋で鍋をつつきながら当日の詳しい報告を聞きました。結婚した卒業生や目の前の卒業生らとは、学生時代にさんざん飲み会をしたので、つい話題は当時のバカ話になります。しかし、そんな会話の中で、文学の話がぽろぽろ出るのは、さすが大学で日本文学を勉強しただけあるなと感心します。彼女らが言うには、会社では小説の話をできる人がいなくて寂しいということです。あるいは、大学を卒業してしばらくすると無性に小説が読みたくなる時があるということです。これは、いろいろな卒業生と話していて、よく耳にする話です。 

 二人は長崎に向かう新幹線の中でも、小説の話をしたとの事。その時に共通して覚えている作品があり、細部は覚えているのに肝心の作品名が思い出せず、たしか岡本かの子の小説だったなあ、何というタイトルだったかなあと四苦八苦したそうです。話を聞いて、それは岡本かの子の「鮨」という小説だと教えると、「それだ!」と喜んでいました。そして、最近のではなく古い小説が読みたいので、何かお薦めはないかと聞くので、映画にもなった堀辰雄の「風立ちぬ」はどうかとか、太宰治の有名でない短編なんか、何も事件がおこらなくてしっとりしているし昭和の香りもするし、いいのではないかと答えておきました。 

 女の子が親戚の家へ用事に行き、お土産にスルメを二枚貰います。戦時中であり、スルメでさえ貴重品で手に入らない時代のお話です。妊娠中の兄嫁がスルメを食べたがっていたことを思い出し、お姉さんを喜ばせるために、彼女は大切に新聞紙にスルメを包んで雪の夜道を家路に向かいます。しかし、家の近くまで来たときスルメをうっかり落としてしまった事に気づきます。彼女は探しに戻るのですが、夜の闇の中、雪の上の白い新聞紙を見つけることはできず、途方に暮れてしまいます。太宰治の「雪の夜の話」という短編です。その小説の話をして、二人の卒業生と飲み屋の前で別れました。雪はやんでいました。二人は、「これからさっそく書店に寄って本を買って帰ります」と笑って手をふっていました。

 

お問い合わせ

法文学部