学部長便り2014年6月号 ベタ踏み坂から横滑り

学部長便り2014年6月号 ベタ踏み坂から横滑り

2014年6月3日

●ベタ踏み坂
 さてベタ踏み坂。境港市と松江市を結ぶ江島大橋のことです。私は米子から自動車通勤している関係で、県境のこの橋をよく渡っています。なんだか離陸していく感じで、運転していて楽しい場所です。
 この橋が最近、俄に観光地となってきました。ご存知の方も多いかも知れませんが、なんでも車のTVコマーシャルで、「ベタ踏み坂」として登場しているとか。カメラを持った人がやたらとウロウロしているなと思っていたら、観光用の駐車場まで開設されました。すぐ横のコンビニも「ベタ踏み坂店」と名乗りを変えて、観光用のチラシを置くようになりました。(チラシと看板の写真を入れておきました)
 駐車場の看板にも「臨時」と書いてあるぐらいですから、CMが話題になっている間ぐらいの臨時観光地と呼んでいいのかもしれません。看板の立て主は境港管理組合だそうです。ほう、松江市側なのに境港かと思っていたら、駐車場のほんの10メートルほど手前には、水木しげるロードの看板も立っていました。こちらは今や山陰を代表する観光地であります。
 ここで思いは自ずと、観光地って何だろうという方向へ横滑りしていきます。  

ベタ踏み坂1
ベタ踏み坂のチラシと看板

 
●スマホは観光地のしるし
 で、観光地は「観光地」だから観光地なのだと思った次第。つまり、そこが「観光地」と意味付けられた空間であるということが大切で、その意味付けを示すために必要な装置が看板であり、或いは土産物屋さんなわけです。すなわち、神社仏閣であれ、温泉であれ、奇景であれ、看板や土産物屋さんで意味付けられてはじめて観光地となり、われわれは非日常の空間として華やいだ気分を楽しめるわけです。
 となると、境港の水木しげるロードとはなんと純粋な観光地ではありませんか。だって、お土産物屋さんが並ぶ商店街が名実ともに観光の中心、妖怪のブロンズ像はそもそも商店街自身がその構成要素として設置したものなのです。たとえば出雲大社ですと第一義的には宗教施設であり、そこから派生して観光地であるわけで、水木しげるロードはそれとは大違いの純粋観光地です。
 さてこのように考えると、ベタ踏み坂についても思い当たることがあります。最初の頃は一眼レフを構えた男性が多かったのに対し、看板が立てられた頃からはスマホで写真をとるカップルや家族連れが増えて来た気がするのです。すなわちチラシや看板という装置によって「観光地」と意味付けられ、その結果、マニアの撮影スポットから一般人を引きつける観光地へと変容したのではないでしょうか。
 と、社会学っぽいこと話になりそうなところで、話はふたたび横滑りします。 


●運転者は望遠レンズ化する
 スマホを持った観光客たちが橋に近づこうとするのに対し、一眼レフのマニアたちは橋からできるだけ離れようとしていました。これには理由があります。本当は緩やかな勾配の江島大橋が「ベタ踏み坂」に見えるのは、望遠レンズで撮影して遠近感が圧縮された画像となっているからです。ですからマニアたちは、これ以上さがると中海に落ちてしまうギリギリの場所まで離れて、望遠レンズでCMと同じイメージを撮ろうとしていたのです。
 ところで、自動車通勤者として江島大橋と係わってきた私の目は、実はCMが始まる前から、あの急峻に見える坂の姿を捉えていました。すなわち、そう見えることを知っていたのです。 

 ベタ踏み坂2
望遠レンズの効果は狭い範囲の切り出しで生まれる

  ここで思い当たるのは、自動車の運転者の視野についてです。速度が上がると、運転者の視角は狭くなっていきます。運転中は、正面以外は遠景であっても一瞥するのが精一杯で、広い範囲を「眺める」という見方はできなくなります。すなわち、自動車運転者が風景を眺めるとき、その眼は正面の狭い範囲を集中的に見るしかないのです。
 広角の写真でもその一部だけを切り出せば、その部分は望遠レンズと同じ効果を持つことになります。同様に風景の一部だけを集中的に眺めることを強制する運転とは、すなわち人間の眼の望遠レンズ化であると言えます。
 このように考えると、モータリゼーションすなわち車社会化がもたらした帰結のひとつとして、風景との対峙の仕方の変化があるという仮説が導き出せそうです。19世紀の鉄道の発展は、ターナーの絵に見られるような速度という要素の視覚化や、車窓というフレームからパノラマ的に変化していく風景を見るという新たな「眺め方」を人類にもたらしたと言われています。それと同様に、モータリゼーションという技術と社会の変化も人々の「眺め方」を変えたという仮説です。
 などと考えたところで、話はまた横滑りします。 

 江島大橋


●富士と重なる江島大橋
 モータリゼーションという言葉で、思い当たることがあります。ベタ踏み坂の映像では判りませんが、江島大橋はとても優美な曲線をもった橋です。建設中には橋脚だけが並んでいるという時期もあったのですが、その橋脚を繋ぐ未だ存在しない橋が描く緩やかな曲線のイメージは、退屈な長距離通勤者である私の楽しみでした。江島大橋の夜景の写真も入れておきましたのでご覧ください。
 さて、なぜ緩やかなカーブを描いているかというと、美的な理由よりも高速走行する車が安全に走れるようにという機能的な要請によるわけです。すなわち、風景の中に現れたこの優美な曲線は、これもモータリゼーションの帰結のひとつなのです。
 学部長便りの五月号とは異なり、ここでは「景観」という言葉を使いましょう。近代社会はむろん直線や直角という景観要素を多数もたらしました。しかし一方で近代は、鉄道や高速道路や橋梁による長大な曲線を景観のなかに引いてきたのです。
 さて、自動車も鉄道もなかった時代から、日本人は富士の裾野が景観の中に描く優美な曲線に魅せられてきました。ここでハッと気づくことは、富士の裾野の曲線も、実は火山灰を降り積もらせるとあの形にならざるを得ないという意味で、極めて合理的な曲線であるということです。これもまた機能美と呼んでもいいのかもしれません。このとき、江島大橋の美は、富士の美と重なりあうのです。日本の美的感覚には、西洋とはまた異なる形での機能性好みが潜んでいるのではないでしょうか。
 と思ったところで、富士という言葉に反応して話は別方向へと横滑りです。 


●北斎の望遠レンズ
 富士で思い当たるのが北斎の富嶽三十六景です。このシリーズの中には富士が優美な曲線を描いている作品も多いのですが、ここで注目したいのは「尾州不二見原」です。まあ北斎なら著作権切れだと思いますので、図像も入れておきましょう。大変面白い構図の絵です。有名な絵ですので見覚えがあるかと思います。 

 尾州不二見原 

 なにぶん名古屋から見た超遠景。ここでの富士は富嶽三十六景の中でもとりわけ小さく描かれています。しかしこの点景としての富士が鑑賞者の目には決して小さく見えないような仕掛けがなされています。すなわち作りかけの桶の円がここではまさに望遠レンズの役割、狭い画角で風景を切り取るという役割をしているのです。そう思って見ると、この富士は望遠レンズ的に平板な感じに描かれているようです。
 北斎がドガやゴッホなどの西洋絵画に与えた影響は有名ですが、逆に北斎自身は西洋絵画の影響を受けていち早く遠近法を用いた画家でもあります。富嶽三十六景の「五百らかん寺さざゐどう」では一点透視図法の消失点に遠景の富士を配置し、鑑賞者の視点を富士に導いています。ただし、この手法は西洋絵画ではよく使われているものです。それに比べ、「尾州不二見原」にみられる桶の望遠レンズ化は、北斎の天才が際だつ手法だと思います。そしてまた、望遠レンズ的な景観のとらえ方を日本人にもたらした画家だったのかとも思えるのです。むろん、透視図法という広角レンズ的な視覚を日本にもたらした一人でもあるのですが。

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