島根大学法文学部ピーター・チェイニ准教授の著書が、著名な学術出版社Routledgeより発売されます

公開日 2022年10月28日

この短い記事で紹介するのは、島根大学の研究者が人文学の分野で世界トップレベルの研究を行い、国際的に最も高い水準でその研究成果を出版している例です。

島根大学のイギリス文学・文化のピーター・チェイニ准教授は、英国ダラム大学哲学科のフェローでもあります。1836年創業で国際的に権威のある学術出版社、ラウトレッジから、チェイニ博士の編著書『芸術と日常生活における不完全主義美学』(原題:Imperfectionist Aesthetics in Art and Everyday Life)が発売されます(2022年12月刊行予定)。チェイニ准教授のこれまでの著書・編著書には、『コールリッジの瞑想的哲学』(2020年、原題:Coleridge's Contemplative Philosophy)、『リズムの哲学:美学・音楽・詩学』 (2020年、原題:The Philosophy of Rhythm: Aesthetics, Music, Poetics)、『コールリッジと瞑想』 (2017年、原題:Coleridge and Contemplation)があり、いずれもオックスフォード大学出版局から出版されています。

チェイニ准教授は現在、さらに三つの本を完成させる作業に取り組んでいます。 具体的には、(1) 1650年から1850年までの、生物学的生命と物質に関する理論のインテレクチュアル・ヒストリー、(2) イギリスの詩人・思想家、S・T・コールリッジの詩学・瞑想録・哲学を主題とする単著、(3) 超越という概念を現代化し、美学、文化論、現象学、形而上学、自由の哲学的理解におけるこの概念の理論的・実践的価値を示すことを目的とした独自の新しい哲学的主張、この三つです。

不完全主義美学に関するチェイニ准教授の近著は、完全と不完全の美学をめぐる学際的な研究を示すものです。この本では、完全と不完全の美学という今発展しつつある研究領域が拡大され、哲学、音楽、文学、都市環境、建築、芸術論、カルチュラル・スタディーズなどの分野における諸問題と不完全の美学とが結びつけられています。このプロジェクトは、2017年4月に、東京大学でチェイニ准教授が主催した国際会議から始まりました。その国際会議での講演者は、アメリカ、イギリス、ドイツ、イタリア、中国、日本から参加した研究者です。その後、チェイニ准教授はこのプロジェクトをさらに二つの会議を通じて進展させました。一つは、2018年の日本美学会年次大会における特別国際シンポジウムであり、もう一つは、2019年に関西大学で開催された三日間のコロキアムです。

上記の本は、オープンでインクルーシブであるという特質に不完全であることの価値がある、と論じることを目指しています。不完全の美学の例が多く見られるのは、わび・さびをめぐる日本の美学です。そうした美学において、不完全さは欠点ではありません。例えば岡倉天心は「不完全の美」や「不完全の芸術」と呼び、久松真一は「完全への否定」と表現しました。柳宗悦は、より包括的な見方のもとで、この美学を次のようなものとして考えています。

……完全とか不完全とかの二元からむしろ離脱した様の美こそ「茶美」であって、私はむしろ「茶美」を禅語を借りて、「無事の美」と呼びたい。即ち「平常底の美」、「無碍の美」と解すべきで、完全にも不完全にも執せぬ「自在美」こそ「茶美」なのである。(柳宗悦「日本の眼」、1957年)

不完全さの美学は、有機的で素朴なものを創作することや、完璧に仕上げることを避けてその代わりに生き生きした自然な変化を表現することにおいてその代表例が見られるものであり、欠点や汚れのまったくないものへの消費主義的な関心に対抗するものです。上記の本は、(1) 音楽芸術や視覚・舞台芸術、文学における不完全、(2) 身体、自己、人、都市環境などを含む日常の生活の哲学、という二つの主要な領域を扱っており、それらの探究を通じてSDGsを促進します。この本においてとりわけそうした促進をもたらすのは、個人どうしの関わり・社会との関わりを深め、単なる受動性よりも創造性を支援する、ポジティブな不完全の精神です。

『芸術と日常生活における不完全主義美学』は、哲学的美学、文学、音楽、都市環境、建築、芸術論、カルチュラル・スタディーズに携わる幅広い研究者、そしてそうした分野の最先端を学ぶ学生にとって、魅力的な本となるでしょう。

(上記の研究プロジェクトは、JSPS科研費19K00143の助成を受けたものです。)