学部長便り2011年6月号

公開日 2012年09月04日

6月号 「汽笛」と「トロッコ」

6月初めの梅雨の合間に、「奥出雲トロッコ列車おろち号」の旅に出かけました。旅といっても、トロッコ列車に乗って往復しただけのことなのですが、それでもなかなか楽しめました。「おろち号」は、木次線の木次駅と備後落合駅を往復します。島根県を縦断し、中国山地越えして広島県に行くわけです。一両しかありませんが、雨天の際に乗車する予備客車が一両連結されており、機関車と合わせて3両編成です。30人も乗れば満員です。

かつて木次線は一度だけ行ったことがありましたが、その時は途中下車したので、終点まで行くのは初めてです。木次線は、島根の山奥を走っている風情があります。両側に樹木が迫り、昔ながらの小さなトンネルを幾つもくぐり、か細い鉄橋を渡っていきます。ちょうど季節も新緑の青葉若葉の芽吹きだした頃でもあり、暑くも寒くもない頃でもあり、爽快の一言です。

明治期や大正期の小説には、軽便鉄道なるミニチュアSLがしばしば登場します。漱石の「坊っちゃん」が四国で乗ったのもそれですし、萩原朔太郎も「猫町」に登場させています。何より、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」に登場する銀河鉄道は、岩手県の軽便鉄道をモデルにしたのでは、とされています。しかし軽便鉄道は、小さいとはいえ立派な蒸気機関車ですが、中には馬が牽く「馬車鉄道」や人間が人力で押す「人車」などというすごいものまであったようです。「おろち号」などは、小さくとも最新テクノロジーを満載した乗り物です。その証拠に、トンネルに入って真っ暗になると、天井にオロチのデザインが浮かび上がるではありませんか。

「おろち号」の楽しみは、風景だけでなく、途中の小さな駅から乗り込んでくる名物の車内販売にもあります。木次駅からは木次乳業の牛乳やヨーグルト、横田駅では延命水で淹れるホットコーヒーなど、次々と販売の方が乗り込んで営業します。私も出雲三成駅の仁多牛弁当を買い求めおいしくいただきました。販売員はすべて地元の方なので、物を売るだけでなく、いろいろ解説もしてくれます。それゆえ一人旅でも、まったく退屈することがありません。

松江からだと運賃と指定料金合わせて片道2500円弱。さしたる装備もなく身一つで気軽に乗り込めます。さしたる観光名所もなく、沿線にグルメ店があるわけでもない。ただ山と田畑の間を汽笛を響かせながらひた走る。いいですよ。