学部長便り2018年4月号  大人になるということ(その1)

公開日 2018年04月20日

 

 4月から学部長を務めることになりました田中則雄です。専門は日本文学、特に江戸時代の小説です。これからよろしくお願いします。 

 さて42日、島根大学の入学式が行われ、法文学部では201名の新入生を迎えました。山陰ではこの冬寒さが厳しく、しかも長く続いたので、桜の開花がなかなかイメージできませんでしたが、ちょうどこの入学式の日に合わせたかのように、キャンパス内の桜の木々が見事な花を咲かせました。晴れわたった空とともに入学を祝福しているかのような景色でした。

   

           入学式の日、島根大学キャンパスの桜

  オリエンテーションの冒頭のあいさつで、新入生のみなさんと対面しました。やや緊張した表情の中に、「自分はもう大人なのだ」という思いが見て取れるように感じました。
 はじめての一人暮らしという人も多いでしょう。あるいは自宅通であっても、高校生までの時とは違って、独立した生活スタイルになるでしょう。中高生の時は身体的に大人になりますが、大学に入る頃は中身が、つまり内面が大人になる時期と言えると思います。
 しかし、大人になるということはそう簡単なことではなく、いくつもの試練や葛藤を乗り越えなければならないのです。昔の人も、大人になるために、そして周囲から大人と認めてもらうために、懸命に努力したと思われます。  

 島根県庁の前庭に、松平直政の銅像があります。直政は、江戸時代に松江藩を治めた松平氏の初代で、徳川家康の孫にあたります。馬に乗ったりりしい姿ですが、しかしよく見るとあどけない顔をしています。これは1614年、彼が14歳の時、大坂冬の陣(徳川が大坂城に豊臣を攻めた戦)で初陣を飾った時の姿をかたどったものです。
 松江藩に伝わったとされる話によると、母の月照院が直政に、「あなたは家康公の孫君です。立派に戦っていらっしゃい」と諭し、武具などの装いも調えて送り出した、その一方で、お供の者たちに、「この子をしっかり守るように」と言いつけた、としています。ところが、江戸時代から松江を中心に伝わった実録体小説『雲陽秘事記』では、以下のように、これがまったく違うお話になっています。  

 ――直政は、是が非でも出陣したいと考え、大将である兄の松平忠直のところに、一人で直談判に行った。忠直は、「お前はまだ小さいから駄目だ。留守番せよ」と退ける。しかし直政は、「確かに私は年少ですが、必ず高名を上げてみせますから、どうかお供をお許し下さい」とくい下がった。「思ひ込みて仰せられければ」とありますから、真剣な表情で兄に訴えたわけです。こうしてついに、忠直を承諾させてしまいます。
 さらに直政は、台所に出入りしていた炭屋の太兵衛という者を家来として召し抱えます。太兵衛は、もちろん戦の経験などありませんでしたが、直政の指導で立派に手柄を立てたという話が後に出てきます。  

 松江藩に伝わったとされる話と比較して、この『雲陽秘事記』の話のほうが直政の人間像が生き生きと描かれていると言えます。そしてそこにあるのは、一種の「大人になりたい願望」であるように思います。自分でも、自分が大人であると確信したい、そして周囲にもそう認めてもらいたいと思って、少し背伸びをして頑張るのです。 

 さてこのあと直政は、あの真田信繁(幸村)と相対することになりますが、いかなる展開となりますか、次回をお楽しみに。と、これではまるで講釈師ですね。

        

    『雲陽秘事記』           松平直政像(島根県庁前庭)
(法文学部山陰研究センター蔵)

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