学部長便り2018年5月号  大人になるということ(その2)

公開日 2018年05月24日

 

 木々の緑の美しい季節となりました。週に1コマ、1回生の授業を担当しています。連休明け頃から、みなさんの表情や、私とのやり取りにも、大学生活に馴染んできた様子が感じられるようになってきました。

  さて、江戸時代の実録『雲陽秘事記』に書かれている、松江藩の松平家初代・直政に関するお話の続きです。徳川が豊臣の大坂城を攻めた大坂冬の陣で、14歳の直政は、兄の忠直を説き伏せて初陣を果たしました。
 この時松平家の軍勢は、真田丸――真田信繁(幸村)が築いた砦――を攻めますが、真田勢も弓、鉄砲で激しく応戦したため、松平方は攻めあぐみ、誰一人前へ出ることができません。
 するとこの時一人の武者が駆け抜けて行きます。

後陣の方より、紫おどしの鎧(よろい)に同じ色の甲(かぶと)を着し、黒毛の駒に打ち乗り、軍勢を駆け抜け、真田丸の塀下に一文字に乗り出る者あり。これを見るに松平出羽守直政公なり。

 直政は、家臣たちの制止を振り切り、前へと進んで行きます。それを見た真田は、味方の弓、鉄砲をやめさせ、矢倉の上から呼びかけます。

(真田)「塀下へ押し寄せ給ふは関東の大将と見えたり。御名乗りあるべし。」
(直政)「越前の宰相忠直の弟、松平出羽守直政なり。」

 真田は、直政の名乗りを聞くと手を打って、「さすがは家康公の孫君なり。栴檀(せんだん)は二葉よりかんばしと、まことなるかな」と言い、「今日の御高名のしるしに」と、軍扇を投げ与えます。
 真田は14歳の直政に、「関東(徳川方)の大将」と呼びかけ、名乗りを聞くや、「栴檀は二葉よりかんばし」(後に立派になる人は年少時からその片鱗が確かに見て取れる)と感嘆の言葉を贈ったのです。

 さて真田が投げた軍扇、ダイレクトキャッチはならず、塀下に着地しました。そこで直政は馬を進めてこれを拾いに行こうとしますが、また弓、鉄砲が激しくなったため、家臣の松原三左衛門が先回りしてこれを拾い上げて渡します。ところが直政はこれに激怒して、松原を鞭でしたたかに打ち、「我自身受け取るべき物を、早まりし仕方なり」と叱り付け、再度元の場所へ置かせ、改めて自分で取りに行きました。

 以上の話、このように読むことができるでしょう。
――松平勢が縮み上がって動けない中、一人の少年が駆けて来る。その姿を見た真田は、この子の心の中にある思いを瞬時に読み取った。そして敵味方の隔たりを越えて賞賛を表した。直政からすれば、真田は、自分の思いを正面から受けとめ、自分を大人として認めてくれた人物です。その真田がくれた軍扇は、是非とも、大人である自分が自力で取りに行かねばならなかったのです。

 この話、とてもよくできているのですが、史実であるかどうかはわかりません。正に弓、鉄砲激しい中でのこと、両人の対話の一言一句を記録して帰った人がいたとは思えません。作者が想像力を働かせて書いたものと考えるべきでしょう。ただしここには、しっかりと人間にかかわる「真実」が書かれていると思います。
 それは、人は、他の人から大人として認められることで、もう一段大人になる、ということです。

 42日の入学式の後、ある新入生のお父様が私に話しかけて下さいました。「これから親が側にいなくても、大学の中で一人でやっていけるか、とても心配なのです」と。私は、大丈夫だと信じて任せてみてあげて下さいとお答えしました。
 一方で、お父様の気持ちもとてもよくわかります。任せてあげながら、「でも何かあればいつでも相談してくれていいよ」と言ってあげていただけたらと思います。認めてもらうことで人は自立する。でも自立と孤立は違います。人と上手につながることができるのも大人の大切な能力でしょう。家族、友人、教師とつながり、自分は決して一人ではないという思いの中で大学生活を送ってほしいと願います。

 
  木々の緑鮮やかな法文学部棟前

 


お問い合わせ

法文学部