学部長便り2019年12月号  江戸時代・津和野の貸本屋(1)

公開日 2019年12月27日

日本史学の小林准士先生らと一緒に、今年度から「地域資料総合演習」という授業を開始しました。地域には考古学をはじめ、歴史学、文学等々に関わる多様な資料が膨大に存在しています。これらを学術的に調査してその特色・意義を解明したい――という思いのもと、受講学生たちは作業に取り組んでいます。

 

受講学生たちが独自にテーマを立てて調査に取りかかる前に、私たちがリレー式で講義を行いました。私がそこで取り上げたのは、附属図書館に所蔵される「堀文庫」です。

 

堀文庫は、全部で1818冊の書籍から成り、その大部分が、今から200年前後さかのぼる江戸時代後期の小説本です。

1980年代、日本近代史の竹永三男先生(現名誉教授)が、島根県津和野町の堀家で文書の調査をされている中で、土蔵の長持に文学の書籍が大量に収められているのを発見し、日本近世文学の鈴木亨先生にそのことを伝えられた、鈴木先生は堀家に赴き、この書籍を段ボール箱に詰めては大学の研究室へと送り、やがて整理と調査が始まったと聞いています。

 

私が鈴木先生の後任として赴任した1993年、研究室にこの書籍が積み上げられていました。翌1994年、附属図書館で正式にこれを受け入れることになり、「堀文庫」として収蔵されました。

 

江戸後期の小説本と言いましたが、それは大きく「読本(よみほん)」と「実録」によって構成されています。読本は、曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』がその代表作として知られるように、当時における最もスケールの大きな本格的長編小説です。実録は、大名家の御家騒動や敵討ち事件など、世間を騒がせた出来事を元にして作られた読み物です。

 

さてこの堀文庫の最大の特色は、これが、江戸時代の終わり頃、津和野で営業していた貸本屋の蔵書である、という点です。本を開くと、多くの蔵書印や書き入れが見つかります。そこには、「嘉年屋与兵衛(かねやよへえ)」「玉屋作兵衛(たまやさくべえ)」という屋号が出てきます。つまり、これらの書籍は、津和野の嘉年屋や玉屋の店で客に貸し出されていた。それが、どういう経緯によってかわかりませんが、堀家に入ったということになります。

 

以前は軒数は少ないながらも町には貸本屋さんがあって、マンガ本などを中心に貸し出しているのを見ましたが、今ではほとんど過去の存在になってしまいました。しかし江戸時代にあっては、町の要所要所に貸本屋が存在し、しかも様々なジャンルの本を揃えて、住民の読書生活を支えていたのです。その営業の具体的な姿については、長友千代治氏の『近世貸本屋の研究』などによって明らかにされています。要するに、貸本屋は、有料ではあるけれども、当時は地域の図書館としての役割を果たしていたと言うことができます。

 

江戸時代の終わり頃、津和野に住む人々は、嘉年屋や玉屋に足を運んで読書にいそしんでいた。そこでは、書籍や文学作品をめぐって様々な会話が交わされていたらしい。――そうしたことが、堀文庫を調査する中で浮かび上がってきました。次回、具体的にご紹介したいと思います。

      
     堀文庫の書籍(附属図書館書庫)        貸本屋「嘉年屋与兵衛」の蔵書印 

      
     貸本屋「玉屋」の名の書き込み 

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